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宇宙飛行士は昨日の水を今日も飲む――98%リサイクルが教えてくれる、地球の“蛇口”のありがたさ

  • 執筆者の写真: 西園寺ケン
    西園寺ケン
  • 8月21日
  • 読了時間: 6分

「昨日の水を、今日も飲む」と聞いてぎょっとする話

朝、顔を洗って、コップに水をくんで一口。その水がどこから来たのか、あなたは今朝、一度でも考えたでしょうか。

たぶん、考えていないと思います。私も考えていませんでした。それくらい、蛇口をひねれば水が出るというのは、あまりに当たり前のことです。

ところが、この「当たり前」が一切通用しない場所があります。地上からおよそ400キロ上空を飛ぶ、国際宇宙ステーション(ISS)です。

ここでは、宇宙飛行士が飲む水のかなりの部分が、実は「昨日、自分たちが使った水」から作られています。汗、吐く息にふくまれる湿気、そして――少し身構えてしまうかもしれませんが――尿までも回収して、きれいに浄化し、また飲み水にしているのです。

再利用される割合は、およそ98%と言われています。ほとんど捨てていない、という数字です。

「昨日の水を今日も飲む」。字面だけ見るとぎょっとしますが、この事実こそ、私たちが普段まったく意識していない“水というもの”のありがたさを、鏡のように映し出してくれます。今日はその話をしたいと思います。

宇宙ステーションの窓から見える青い地球と、白い雲の渦。透明感のある美しい光。静かで神秘的な雰囲気


なぜ宇宙では、水を捨てられないのか

理由はとてもシンプルです。宇宙には、水道がないからです。

地球なら、川があり、雨が降り、地下水があります。使った水は下水に流れ、やがて自然の循環に戻っていきます。私たちは「水は巡っているもの」という前提の上で暮らしています。

けれど宇宙ステーションには、その循環がありません。持っていける水の量には限りがあります。地上から水を運ぶには、ロケットに積んで打ち上げる必要があり、これがとてつもなくお金と手間のかかることなのです。

一般に、宇宙へ物を運ぶコストは、重さあたりで見るととても高いと言われています。水は重い。だからこそ、一度持って行った水を、できるだけ長く、何度も使い回すことが、生き延びるための必須条件になります。

宇宙では、水はただの飲みものではありません。文字どおり「命そのもの」です。一滴もむだにできない。だから飛行士たちは、自分の汗や息までも回収する装置とともに暮らしているのです。

透明なコップに注がれるきれいな水のクローズアップ。水滴がきらめき、光を透かして輝いている。清潔感のある明るい台所の背景


汗も息も、もう一度きれいな水になる仕組み

では、どうやって使った水をまた飲めるようにするのでしょうか。

大まかに言うと、宇宙ステーションの水再生システムは、二つの働きをしています。ひとつは「汚れを取り除くこと」、もうひとつは「安全に飲めるように仕上げること」です。

まず、空気中の湿気を集めます。人は呼吸や汗で、思っている以上に水分を空気中に放出しています。その湿気をエアコンのように冷やして水滴として回収する。これだけでも、けっこうな量の水が集まります。

そこに、洗面などで使った水や、尿から回収した水分も加えて、まとめて浄化にかけます。フィルターを通し、不純物を取り除き、加熱したり、化学的に処理したりして、微生物や有害なものを取り除いていく。何段階もの工程を経て、ようやく「飲んでも安全な水」に生まれ変わります。

面白いのは、こうしてできた水が、地上の水道水と同じくらい、あるいは検査によってはそれ以上にきれいな状態になることもある、という点です。汚れの由来を知ると身構えてしまいますが、水そのものに「昨日の記憶」は残りません。きちんと浄化された水は、ただのきれいな水です。

考えてみれば、地球の水も同じです。今あなたが飲んでいる水の分子は、大昔に恐竜が飲んだ水かもしれないし、どこかの海で蒸発して雲になり、雨として降ってきた水かもしれない。地球という大きなシステムの中で、水はずっと巡り続けています。

宇宙ステーションは、その地球の循環を、狭い箱の中に凝縮してつくり直しているとも言えます。自然が何万年もかけてやっていることを、機械が数時間でやってのける。人間の工夫というのは、なかなかすごいものです。

浄水施設のイメージ。清潔で整然としたパイプやフィルターの設備、青みがかった清らかな水の流れ。近未来的で明るいトーン


地上に持ち帰りたい、「見えない循環」への感謝

ここで、ふっと足元に目を戻してみます。

私たちの家の蛇口からも、実は毎日、浄化された水が出ています。ダムや川からくんだ水を、浄水場でろ過し、消毒し、安全を確認したうえで、地下に張りめぐらされた水道管を通って、あなたの家まで届けられている。

宇宙ステーションほど劇的ではないけれど、地上にもちゃんと、水をきれいにして届ける仕組みがあります。ただ、それがあまりにも滑らかに動いているから、私たちは存在に気づかないだけなのです。

宇宙飛行士は、水を一滴ごとに意識せざるをえません。逆に私たちは、水を意識しないですむ暮らしを手にしています。どちらが幸せか、と問うのは野暮でしょう。ただ、意識しないですむということは、それだけ誰かの働きと仕組みに支えられている、ということでもあります。

浄水場で働く人。水道管を点検する人。水質を毎日検査する人。数え切れないほどの手が、あなたのコップ一杯の背後にあります。宇宙の98%リサイクルという極端な話は、その「当たり前の背後にあるもの」を、もう一度見えるようにしてくれる装置なのだと思います。

私たちアールスペースは、水にかかわる仕事をしています。だからこそ日々感じるのは、水というのは「あって当たり前すぎて、意識されないインフラ」だということです。空気や、いつも使うボールペンのように、あまりに生活になじみすぎて、ありがたさを忘れてしまう。

でも、忘れているだけで、なくなったわけではありません。少し視点を変えれば、当たり前の中にこそ、たくさんの支えが隠れています。そこに気づけたとき、日常はほんの少し違って見えます。宇宙という遠い世界の話が、めぐりめぐって、自分の台所の蛇口への感謝に戻ってくる。学びというのは、こういうふうに遠回りしてやってくるものなのかもしれません。

家庭のキッチンで蛇口から流れる水に手を差し出す様子。朝の柔らかな自然光が差し込み、あたたかく穏やかな日常の情景


おわりに――今日の一滴に、少しだけ目を向けて

今晩、蛇口をひねるとき、ほんの一秒だけ思い出してみてください。

その一滴は、宇宙では何度も浄化されて大切に回される「命の水」と、まったく同じ水です。地上のあなたの手のひらにも、きちんと巡ってきた一滴が届いている。

いつもは素通りしてしまう当たり前に、ちょっとだけ目を向けてみる。「ありがとう」と口に出すほどではなくても、心のどこかで小さくうなずくくらいでいい。

それだけで、なんてことのない一日が、少しだけ豊かになる気がするのです。宇宙飛行士が昨日の水を大切に飲むように、私たちも今日の一滴を、ほんの少しだけ愛おしく思えたら――今日のこのコラムは、それで十分に役目を果たしたことになります。

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