top of page

スマホをかざすと浸水が見える日 ――防災は、備えるものから見えるものへ

  • 執筆者の写真: 西園寺ケン
    西園寺ケン
  • 2 日前
  • 読了時間: 6分

「見たことはあるけれど、開いたことはない」ハザードマップ

みなさんは、自分の住んでいる地域のハザードマップを、じっくり見たことがありますか。

引っ越しのときに一度もらった気がする。市役所のサイトのどこかにある気がする。そんな「なんとなく知ってはいるけれど、しっかり向き合ったことはない」ものの代表格が、ハザードマップかもしれません。

ハザードマップは、大雨や川の氾濫、地震などが起きたときに、どこがどれくらい危険になるかを色分けして示した地図です。命を守るための、とても大切な情報がつまっています。

それなのに、なぜか少し「他人事」に感じてしまう。青や黄色で塗られた地図を眺めても、「ふうん、うちのあたりはこの色か」で終わってしまいがちです。地図の中の色と、自分が毎日歩いている道が、頭の中でうまくつながらないからです。

この「つながらなさ」を、今、テクノロジーが一気に埋めようとしています。

家族がリビングのテーブルでスマホやタブレットを一緒にのぞきこみ、地図を見ながら和やかに話し合っている情景。明るく穏やかな家庭の雰囲気


スマホをかざすと、目の前の景色に水位が浮かぶ

ここ数年で注目されているのが、AR(拡張現実)という技術を使った防災の仕組みです。

ARというのは、スマホのカメラごしに見える現実の風景の上に、デジタルの情報を重ねて表示する技術のこと。ゲームでキャラクターが目の前の部屋に現れたり、家具を買う前に「置いたらどう見えるか」を試せたりするアプリを、見たことがある方も多いと思います。

この技術を防災に応用すると、どうなるか。

スマホのカメラを、自宅の前の道路や、いつも歩く通勤路にかざします。すると画面の中で、目の前の景色に「もし大雨で浸水したら、ここまで水が来ます」という水位が、青い層のように重なって表示されるのです。

いつも歩いている電柱の、ちょうど腰のあたりまで水が来る。見慣れた交差点が、水面の下に沈んでいる。そんな光景が、自分の目の前の風景として立ち上がります。

紙の地図では「うちは浸水想定区域の中らしい」という文字の情報だったものが、「あの電柱の高さまで水が来るのか」という、体で感じられる実感に変わる。この差は、とても大きいものです。

数字や色だけでは動かなかった心が、「見慣れた景色が水に沈む」という映像を前にすると、自然と「じゃあ、そのとき自分はどこへ逃げよう」と考え始めます。

晴れた日に、親子が自宅の近所の道を歩きながら避難ルートを確かめている様子。緑や空が見える明るい住宅街


「怖がらせる」のではなく「考えられるようにする」

こうした技術の大切なところは、ただ人を怖がらせるためのものではない、ということです。

危険を煽るだけでは、人は「怖いな」と思って、そのまま目をそらしてしまいます。むしろ大事なのは、危険の姿がはっきり見えることで、「では、どう動けばいいか」を落ち着いて考えられるようになることです。

たとえば、目の前の道が浸水すると分かれば、「この道は避けて、あの高い場所を通って避難所へ行こう」という具体的な行動が思い浮かびます。家の一階が浸水しそうだと分かれば、「大事なものは二階に置いておこう」「避難のタイミングは早めにしよう」という判断もできます。

見えることは、怖がることではなく、備えられること。ARによる可視化は、漠然とした不安を、具体的な行動計画へと変える手助けをしてくれます。

家族で一緒にスマホをのぞきこみながら、「うちの前はここまで来るんだね」「そのときは、おばあちゃんの手を引いて先にここへ行こう」と話し合う。そんな時間そのものが、いちばんの防災になるのかもしれません。


今日、家でできる小さな一歩

大きな技術の話をしましたが、特別なアプリがなくても、今日からできることはたくさんあります。

まずは、自分の住む自治体のハザードマップを、あらためて開いてみること。多くの市区町村がインターネットで公開しています。国土交通省が運営する「重ねるハザードマップ」というサイトでは、住所を入れると、その場所の水害や土砂災害のリスクを地図の上で確かめることができます。

そのうえで、地図を見るだけでなく、実際に外を歩いてみるのがおすすめです。自宅から避難所まで、晴れた日に一度歩いてみる。「この坂は登り坂だから、雨の日は大変そうだ」「この道は低くて水がたまりやすそうだ」と、自分の足で感じておく。

こうして得た実感は、ARが見せてくれる映像とよく似ています。技術がなくても、「自分の目の前の景色として災害を想像してみる」という姿勢そのものが、防災の第一歩なのです。

家の中の備えも、少しずつでかまいません。水や食べ物を少し多めに買っておく。懐中電灯やモバイルバッテリーの場所を家族で共有しておく。完璧を目指さず、できることから一つずつ。それだけで、いざというときの安心はずいぶん変わってきます。

テーブルの上に、水のペットボトル、懐中電灯、モバイルバッテリーなどの防災の備えが清潔に並べられている俯瞰の写真。あたたかい自然光


見えないものを、暮らしの当たり前にする

ここで少し、防災情報というものの性質について考えてみたいと思います。

ハザードマップも、避難所の場所も、水位の想定も、ふだんの暮らしの中ではほとんど意識されません。何事もない日々が続けば、そんな情報があること自体、忘れてしまいます。

けれど、それらは確かに、私たちの命を静かに支えている土台です。意識されないけれど、そこにあることで守られている。まるで、蛇口をひねれば当たり前に出てくる水のように。

私たちアールスペースは、「世の中の当たり前をアップデートする」「未だ見ぬインフラを創る」ことを大切にしています。インフラとは、あって当たり前すぎて、ふだんは意識されないのに、暮らしを確かに支えているもののこと。

防災情報が、紙の地図の中に眠ったままの「他人事」から、スマホをかざせば誰でも目の前で確かめられる「自分事」へと変わっていく。これは、見過ごされてきた大切な情報が、暮らしの当たり前のインフラになっていく動きそのものです。特別な専門家だけのものだった知識が、誰の手にも届くようになる。この変化に、私たちは大きな希望を感じます。

そして、こうした技術に挑む人たちがいることに、あらためて感謝したくなります。私たちが安心して眠れる夜の裏側には、見えないところで暮らしを守ろうと知恵をしぼる、たくさんの人の手があります。その小さな支えに気づけること自体が、日々を少し豊かにしてくれるように思うのです。

穏やかな夕暮れの住宅街の風景。灯りのともる家々が並び、安心感のある落ち着いた雰囲気。人の暮らしを静かに守る空気感


おわりに

防災は、「いつか来るかもしれない特別な日」のための、面倒な準備ではありません。

テクノロジーの力を借りれば、今日この瞬間から、目で見て、手で確かめられる、暮らしのすぐそばにあるものです。

今夜、少しだけ時間があれば、自分の街のハザードマップをのぞいてみてください。そして、いつも歩く道を思い浮かべながら、「もしものとき、自分はどこへ行こう」と想像してみてください。

その小さな一歩が、あなたと大切な人の明日を、そっと守ってくれるはずです。

bottom of page