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月の南極、氷を探して ― 40万kmかなたの「水道」の話

  • 執筆者の写真: 西園寺ケン
    西園寺ケン
  • 7月24日
  • 読了時間: 6分

もし月に引っ越したら、まず何に困る?

想像してみてください。もしあなたが明日から月で暮らすことになったら、いちばん困るのは何でしょうか。

食べ物でしょうか、それとも住む場所でしょうか。いろいろ思い浮かびますが、専門家に聞くと、真っ先に挙がるのは「水」だといいます。

私たちは地球で、蛇口をひねれば水が出てくる暮らしに慣れています。のどが渇いたらコップに注ぎ、顔を洗い、料理に使う。当たり前すぎて、いちいち「ありがたい」とは思いません。

ところが月には、その蛇口がありません。空気もなく、川も湖も雨もない。水を地球から運ぼうとすると、ペットボトル1本のためにとほうもない費用がかかってしまいます。

だからこそ、いま世界中の探査機が、月の「ある場所」に目を凝らしています。そこに水のもと――氷――が眠っているかもしれないからです。今日はその、40万kmかなたの「水道」をめぐる話をしてみたいと思います。

月面のクレーターの底に、うっすらと氷が眠っているイメージ。マイナス200度の凍てついた谷を表す青白い光と霜のような質感。清潔感のある幻想的な雰囲気


なぜ「南極」なのか ― 光の届かない谷の秘密

月の水探しの舞台は、月の南極付近です。なぜ、わざわざ極なのでしょうか。

鍵になるのは「永久影(えいきゅうえい)」と呼ばれる場所です。これは、太陽の光が一度も届いたことがないと考えられている、クレーターの底の谷間のことです。

月は地球とちがって、自転する軸がほとんど傾いていません。そのため南極や北極のあたりでは、太陽が地平線すれすれの低い位置をぐるぐる回るように動きます。すると深いクレーターの底には、まわりの壁が影をつくり、太陽の光が永遠に差し込まない一角が生まれるのです。

光が届かないということは、温められることがないということ。永久影の底は、なんとマイナス200度近くまで冷え込むと考えられています。

これほど寒ければ、水は蒸発せずに氷のまま留まります。太陽の光が当たる場所なら、わずかな水分もすぐに宇宙へ逃げてしまいますが、この凍てついた谷だけは、はるか昔にやってきた氷を何十億年も保管する「天然の冷凍庫」になっている可能性があるのです。

だから探査機は、明るく目立つ場所ではなく、あえて光の届かない暗い底をのぞき込もうとしています。宝物は、いちばん寒くて暗い場所に隠れているかもしれない――そんなロマンのある話です。

一滴の水がきらめきながら、飲み水・空気・ロケット燃料へと変化していくことを象徴するイラスト風の情景。透明な水滴を中心に、明るく前向きな色合い


氷が「水・空気・燃料」に化ける仕組み

では、もし本当に氷が見つかったら、それはどれほどの価値を持つのでしょうか。

まず、氷を溶かせば当然、飲み水になります。これだけでも月で暮らすうえで欠かせません。

さらに面白いのはここからです。水は、水素と酸素という2つの成分が結びついてできています。電気を使ってこの2つを分ける技術があり、そうすると酸素を取り出せます。酸素は、人が呼吸するための空気になります。

そして、分けて取り出した水素と酸素は、なんとロケットの燃料にもなります。つまり月で見つけた氷から、月から飛び立つための燃料までつくれるかもしれない、というわけです。

こうして「その場所にあるものを、その場で活かす」という考え方を、専門的には「その場資源利用」と呼びます。英語の頭文字をとってISRU(アイエスアールユー)と呼ばれることもあります。

なぜこの考え方が大事かというと、地球から何もかも運ぶのは、あまりにお金と手間がかかるからです。もし現地の氷で水・空気・燃料をまかなえれば、月での活動はぐっと現実的になります。

一杯の水が、飲み水にも、呼吸する空気にも、旅立つための燃料にもなる。地球ではあまり意識しませんが、水というのはそれほど働き者の物質なのです。


いま、月をめざして動いている挑戦

この氷探しは、遠い未来の空想ではありません。今まさに、世界中で挑戦が進んでいます。

各国の宇宙機関が、月の南極付近をめざす探査計画を次々に打ち出しています。近年では実際に月の南極付近への着陸に成功した例も出てきており、氷の手がかりを求める動きは年々熱を帯びています。

さらに近ごろは、国だけでなく民間企業が月着陸に挑む時代になりました。うまくいくこともあれば、着陸に失敗してしまうこともあります。それでも各国・各社は「次こそは」と、やり方を練り直して再び挑んでいます。

うまくいかなかったからやめるのではなく、うまくいく方法を考えてまた向かう。この姿勢こそ、月探査という大きな挑戦を前に進めている原動力なのだと思います。

見えない氷を、想像を頼りにあきらめず探し続ける。その積み重ねの先に、いつか月に「蛇口」ができる日が来るのかもしれません。

月面に着陸する小型の探査機の情景。暗い月面に探査機のライトが灯り、地平線の向こうに青い地球が小さく浮かんでいる。挑戦を感じさせる明るく澄んだ雰囲気


当たり前の一杯を支えているもの

ここで少し、視点を足元に戻してみます。

月では、水こそが最大の宝物です。飲み水になり、空気になり、燃料になる。だからこそ、探査機を送り込み、光の届かない谷の底までのぞき込んで、必死に探しています。

一方で私たちは、蛇口をひねれば、探すまでもなく水が出てきます。冷たくてきれいな水が、当たり前のように。

でも、その「当たり前」は、決して自然に用意されたものではありません。水源を守り、水をきれいにし、長い管を通して各家庭へ届ける。数えきれない人の仕事と仕組みが、私たちの一杯を静かに支えています。

月の氷の話が教えてくれるのは、水が「あって当たり前のもの」ではなく、本当は「探し、つくり、届けて、ようやく手に入るもの」だということです。宇宙という遠い舞台にいったん出てみると、地球の蛇口の一杯が、どれほど恵まれた奇跡なのかが見えてきます。

私たちアールスペースは、暮らしを支える水というインフラに関わる会社です。だからこそ、意識されないほど当たり前に使われている水にこそ、いちばんの価値があると考えています。意識されないことは、それだけ深く生活に根づいている証でもあるからです。

日常の台所で、蛇口から透明な水がコップに注がれている情景。朝の光が差し込み、水がきらきらと輝いている。清潔感があり、温かく穏やかな雰囲気


おわりに ― 蛇口の一杯に、そっと目を向けて

月の南極で氷を探す挑戦は、私たちに大切なことを思い出させてくれます。

宇宙ではまず「水を探すこと」から暮らしが始まる。それにくらべて、地球ではもう水がそこにある。この違いは、とても幸せなことです。

今日、コップに注ぐ一杯の水を、少しだけゆっくり味わってみてください。そのひと口の向こうには、それを届けてくれる仕組みと、たくさんの人の手があります。

遠い月の氷の話が、足元の一杯へのささやかな「ありがとう」につながったなら、これほどうれしいことはありません。

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